【インタビュー】骨粗鬆症と歯科との関係(第2回)

インタビュー

2022/03/14

歯科医師 田口明 先生
・松本歯科大学歯学部歯科放射線学講座 主任教授
・同大学院歯学独立研究科硬組織疾患制御再建学講座 教授
・松本歯科大学病院放射線科 科長
・香港大学歯学部 名誉教授

 

日本には骨粗鬆症患者が1,300万人いると推定されているが、治療を受けているのはそのうちの約300万人でしかない。骨粗鬆症は高齢とともに増える病気といわれる。65歳以上の人口が2025年には40%を占め、75歳以上が25%占める超高齢社会の日本において骨粗鬆症患者が増加の一途をたどるのは間違いないだろう。歯科のパノラマX線写真を用いて骨粗鬆症患者をスクリーニングして専門医へ紹介し、医科歯科連携で骨折予防につなげていくためのWebセミナー「骨粗鬆症と歯科との関係」(主催:メディア)が、来る3月22日から1年数カ月をかけて開催される。同セミナーの座長であり、パノラマX線写真による骨粗鬆症スクリーニング法の開発者である田口明・松本歯科大学教授に、セミナーの意義やこれからの歯科医療に及ぼす影響などについて聞いた。

 

—— 骨粗鬆症のスクリーニングが保険収載されれば医療現場は変わって来るでしょうか。

 田口 パノラマX線写真で骨粗鬆症患者を見つけて専門医に紹介すると、骨折前の早期の治療が開始できるので、骨折は減ってくるとの予測はつきます。ただ医科領域でも、骨粗鬆症患者を早く見つければ真に骨折が減少するかについてはこれまで不明でした。これに対して最近、医科での骨折リスク評価法を用いて骨粗鬆症患者を早期に見つければ、大腿骨骨折は20%減るという大規模な3つのランダム化比較試験のメタ解析結果が出されました。
 パノラマX線写真で骨粗鬆症患者を見つけるという手法を全国の歯科医師に知っていただければ、医科へは歯科から骨粗鬆症患者を紹介し、歯科へは医科から口腔衛生管理のため骨粗鬆症患者を紹介という道筋が生まれます。骨粗鬆症患者は慢性歯周炎(いわゆる歯槽膿漏)や歯根の尖端の歯周炎(根尖性歯周炎)が増悪すると報告されていますので、歯科医院での定期的な治療が必要です。放置すると顎骨骨髄炎になり顎骨壊死のリスクになります。
 骨折の患者が完治するまでの医療費ついて一人200万円程度かかるとされていますが、これを年間の患者数で単純計算すると1兆円に迫ります。この先、高齢化率がアップしてくれば2兆円位はいくかもしれません。それを未然に防げれば、莫大な医療費削減につながるのは間違いないでしょう。
 私が2015年(2015~2019年、2021年~)から日本代表理事を務めているAFOS(アジア骨粗鬆症学会連盟)によれば、2040年には世界の骨折の半分はアジアで起こると言われていて、おそらくですがこの数字の大半は日本をさしていると思われます。

 

<第5回アジア骨粗鬆症学会理事会(2017年10月マレーシア)>

 

—— 日本人に骨折が多い理由はなんですか。

 田口 1987年に始まった5年に1回行われる「大腿骨骨折調査」というのがあります。2017年の調査時では始まった年の3倍以上に骨折が増えています。
 日本人に骨折が多いという訳ではありませんが、足の骨折よりも背骨の骨折が多いという特徴があります。背骨を骨折すると、腰が痛くなると考えがちですが、3分の2の方には症状がないので、1個折れると2個目が骨折し(二次骨折)、骨折リスクは大きくなり、最後には足の骨折となります。何とかする必要があるのです。
 背骨の骨折は症状があればいいのですが、ない場合は背骨のX線写真を撮らない限り分かりません。広島大学で8,00人近くの患者さんの骨密度検査した時に、背骨の側面のX線写真も撮りましたが、背骨の骨が潰れていても大半の方は自覚症状がないのです。
 先日、当院でのパノラマX線写真で骨粗鬆症が疑われた患者さんに整形外科への受診について説明していて詳細を伺ってみたら、背中の痛みはないけど、最近身長が4センチ縮まったと言われていました。日本の骨粗鬆症学会の基準では「若い頃に比べて身長が4センチ以上低いと背骨に骨折の可能性がある」とされています。背骨が潰れると身長も低くなりますが、症状がなければ病院を受診することもありません。その患者さんは骨折も骨粗鬆症も疑っていませんでした。
 骨粗鬆症は「沈黙の病気」です。松本歯科大学に来てから信州大学の整形の先生方と仕事をしていますが、以前は「骨折すれば手術すればいい」との考えだったようです。しかし、最近は骨折を防ぐために治療するという考え方に変わってきています。
 というのは、骨粗鬆症患者さんが骨折すると5年生存率が50%を下回ります。 これは歯科医師が関係する口腔がん、特に舌がんの5年生存率よりもはるかに悪く、足を骨折して寝たきりになって、そのまま亡くなる方も結構います。そうした現実があるから整形の先生方は骨粗鬆症の治療をしているわけです。

 

<日本における大腿骨骨折患者数>

Takusari E, et al., JBMR Plus. 2020 Nov 30;5:e10428.

 

—— 骨粗鬆症の予防が歯科でできるというのは医療への貢献度として歯科にとって計り知れないものがありますね。

 田口 全国の歯科診療所で1週間に一人、パノラマX線写真でスクリーニングした患者さんを医科に紹介したとして約7万人です。その数が積み重なれば計りしれない数になります。100万人ぐらい紹介したとしても大きな医療費削減が考えられます。亡くなる方も少なくなるのではないでしょうか。
 今後の超高齢社会の日本において率先してぜひやるべきは骨粗鬆症患者の予防ではないでしょうか。現在取り組まれている広島県呉市の全医療者および行政による骨粗しょう症重症化予防プロジェクトの取り組みは、今後の日本での手本になるべきものと思われます。
 今回の「骨粗鬆症と歯科との関係」のセミナーの医科の講師には、日本の骨粗鬆症の当該分野での一流の先生方にお願いいたしました。その方々の講演が聞けるというチャンスはそうはないと思っています。また骨粗鬆症と歯周病の関連や医科歯科の中で長い間問題となっています顎骨壊死、あるいは医療連携の実際や骨粗鬆症に関する栄養・生活習慣でも本邦における一流の先生方にお願いいたしました。 
 講演のトップは日本骨粗鬆症学会前理事長の宗圓聡先生、次が日本骨代謝学会前理事長で東京大学大学院教授の田中栄先生です。以降も普段はなかなか聴講ができない先生方が揃っております。歯科医師の先生方はもちろんですが、医師の先生方も是非、ご聴講頂きたいと思います。
 歯科の先生方は骨粗鬆症や関連疾患について、医科の先生方は我々歯科医師の歯科治療の実際について学べる国内最大のセミナーです。

 

【インタビュー】骨粗鬆症と歯科との関係(第1回)

 

【セミナー】骨粗鬆症と歯科との関係(全17回)

 

※日本歯科新聞 2022年3月1日号掲載記事

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