「なぜ、一律の口腔機能管理では結果が出ないのか?」3つの最新研究から紐解く「生活支援型」歯科の最適解

臨床論文解説

2026/08/10

「検査を行い、口腔機能低下症と診断はするものの、患者に目に見える機能改善を提供できていない」「栄養や食生活の指導が必要なことは理解しているが、院内でどう具体的に介入・継続すればいいのか分からない」

経営と臨床の板挟みのなかで囁かれるこれらの声は、決して珍しいものではない。

「理想」と「現実」の間に横たわる「実装の空白」。制度上の枠組みが整う一方で、日々の忙しない外来臨床において、どう具体的に結果を出し、組織を動かしていくのかという問いに、多くの歯科医師や歯科衛生士が頭を悩ませてきた。この空白を、再現性のあるエビデンスと実践によって埋める試みが今、大きな注目を集めている。九州歯科大学の藤井航教授らの研究チームが2026年に発表した一連の研究である。

本コラムでは、歯科診療所における包括的介入によって「1年間で口腔機能低下症の有病率を約半減させた」という最新論文をはじめとする3つの研究知見を紐解きながら、これからの地域歯科医院が目指すべき「フレイル予防拠点」の姿を考察していきたい。

研究の主導者である藤井航教授は現在、九州歯科大学歯学部教授であり、同大学附属病院口腔リハビリテーションセンターのセンター長を務めている。藤井教授のキャリアにおける特長は、リハビリテーション医学の国内最高峰である藤田保健衛生大学(現:藤田医科大学)医学部歯科口腔外科において、医科歯科連携および摂食嚥下リハビリテーションの最前線で臨床と研究に従事してきた点にある。学術的なエビデンスを追求するにとどまらず、一般の歯科診療所で再現できる実践へと昇華させる姿勢を貫いてきた。それこそが、藤井教授が多くの臨床家から支持を集める理由に他ならない。

PROFILE
【研究主導者:藤井 航(ふじい わたる)教授】

九州歯科大学 歯学科 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授

最新研究①:1年で口腔機能低下症を54.1%から24.3%へ低減させた「直方モデル」

地域歯科診療所の外来において、栄養指導と口腔機能訓練を統合した介入は、はたしてどこまでの結果をもたらすのか。その問いに対する示唆を示したのが、福岡県直方(のおがた)市の「あかま歯科クリニック」をフィールドとして行われた追跡研究※1である。

※1「Association between Dietary Variety, Oral Function, and Body Composition among Outpatients at a Community Dental Clinic」(Akama E, Fujii W, et al. Ann Geriatr Med Res. 2026;30(1):101-108.)

本研究では、地域の歯科診療所に通院する50歳以上の外来患者74名(平均年齢72.3歳)を対象に、1年間にわたる縦断的調査と介入が実施された。あかま歯科クリニックにおける取り組みの最大の特徴は、歯科衛生士と管理栄養士による体制の構築にある。歯科衛生士が口腔衛生管理に加え、検査結果で低下が見られた局所機能に対して的を絞った機能訓練を指導し、管理栄養士がDVS(食事多様性スコア)に基づき、具体的な食生活改善のカウンセリングを実施する。いわば、歯科衛生士が「ハード(口腔機能という器)」を整え、管理栄養士が「ソフト(食事・栄養内容)」を最適化するという、両輪によるアプローチである。

1年間の継続介入の結果、得られたデータは顕著なものであった。

評価指標 ベースライン (n=74) 1年後 (n=74) 統計的有意差
口腔機能低下症 有病率 54.1% 24.3% p < 0.01
最大舌圧 (kPa) 25.7 ± 8.0 30.9 ± 9.6 p < 0.01
舌苔指数 TCI (%) 42.4 ± 13.9 36.6 ± 18.7 p < 0.01
食事多様性 DVS (点) 4.31 ± 2.69 5.93 ± 2.56 p < 0.01

生理学的な観点から注目すべきは、「動物性タンパク質」の摂取頻度増加が、舌圧の向上に寄与している点である。単に「口を動かす運動」を行わせるだけでなく、筋肉の材料となる動物性タンパク質の摂取を栄養指導によって促したことが、舌圧の定量的改善(25.7 kPaから30.9 kPaへ)という数字となって表れたのである。一般的なメインテナンス枠(3か月周期)を活用したこの仕組みは、歯科診療所において「有病率を大きく改善させる」再現性の高いモデルであることを示している。

最新研究②:「食事の多様性」と「性差」で見極める――指導効果を最大化する「中津モデル」

藤井教授らは大分県中津市の「角野歯科医院」において、あかまクリニックとは異なる切り口の介入研究※2を実施した。

※2「Impact of nutritional guidance on oral and swallowing function and dietary diversity in regional dental clinics」(Sumino Y, Fujii W, et al. Community Dent Health. 2025;42:93-101.)

地域在住の高齢者89名(平均年齢77.3歳)を対象としたこの研究は、臨床現場が抱える「栄養指導をしても患者に響かない」「指導の効果に差が出る」という悩みに、ひとつの答えを与えている。研究チームは、対象患者をベースライン時のDVSに基づき、「低群(0〜3点)」「中群(4〜6点)」「高群(7〜10点)」の3グループに分類して介入効果を検証した。分析の結果、得られた知見は示唆に富むものであった。

「もともと食生活の多様性が低い(DVSが低く、偏食気味である)患者ほど、栄養指導介入による口腔機能および嚥下機能の改善余地が大きい」

具体的には、低DVS群において口腔交互運動(ODK /ta/:発音の滑らかさ)や反復唾液嚥下テスト(RSST:飲み込みの回数)などの数値が著しく向上した。一方で、すでに食生活が整っている高DVS群に対しては、同様の栄養指導を行ってもDVSや機能の大きな上積みは見られなかった。

さらに、性別による反応の違いも明らかになった。女性患者は栄養指導によってDVSやパタカ測定(ODK /ta/)の改善が顕著に表れる傾向があったのに対し、男性患者はRSSTにおいて有意な改善を示した。

この「中津モデル」のデータが示しているのは、全患者に対する「一律の指導」の非効率性である。

臨床現場において、限られたチェアータイムとリソースをどこに集中投下すべきか。DVSという簡便な評価ツールを用いて「偏食リスクの高い患者(低DVS群)」をスクリーニングし、その層に対して重点的な栄養指導と個別トレーニングを行うことこそが、より着実な機能向上を引き出す最適なアプローチとなる。

最新研究③:予防歯科の新たな地平――オーラルフレイルの予兆は「足腰」に表れる

さらに、藤井教授らが現在進行形で推進している研究領域が、「歯科医院におけるロコモティブシンドローム(運動器機能不全)評価」の導入である。

これまで予防歯科の文脈では、「オーラルフレイル(お口の衰え)が始まり、それが全身のフレイルや要介護へと繋がっていく」という順序が一般的と考えられてきた。しかし、外来患者を対象としたデータから浮き彫りになったのは、予想に反する事実であった。

「お口の機能(口腔機能低下)が目立って低下するよりも前の若い段階(50代〜)から、足腰の衰え(ロコモ)が先行して顕在化している」

先行研究によると、50代以上の歯科外来患者の約半数が口腔機能低下症の該当・予備軍であると同時に、運動器の衰え(ロコモ)を併せ持っている傾向が報告されている。

一般的な医科を受診しない比較的健康な層であっても、「歯のメインテナンス」には定期的に通う。この歯科ならではのアドバンテージを活かし、院内でシンプルなロコモ評価を取り入れる試みが始まっている。

口腔機能の検査にとどまらず、足腰の衰えという「全身のフレイルの予兆」を歯科の窓口でいち早く捉え、適切な運動・栄養・医療へ接続する。これこそが、歯科診療所が地域住民の生涯の生活をマネジメントする「フレイル予防拠点」へと進化するための、新たな予防歯科の枠組みである。

(※特定診療所の外来患者を対象とした研究結果であり、効果には個人のベースライン状態や指導条件による差があります)

「仕組み」としての包括的栄養・機能管理

ここまでで紹介した3つの最新研究が提示しているのは、決して特別なものではない。一般の歯科診療所において、明日からでも実装可能な「仕組み」である。

臨床現場において、新しい取り組みが失敗する最大の原因は「個人の情熱やセンス」だけに依存してしまうことにある。院長ひとりが孤軍奮闘したり、特定の熱心なスタッフだけに負担が偏ったりする構造では、持続可能な医院経営とは言えない。

必要なのは、評価の標準化、院内タスクシェアの明確化、そして客観的数値によるモチベーションの維持である。栄養と機能を軸にしたこの包括的マネジメントは、患者のQOLを飛躍的に高めるだけでなく、患者と医院との深いエンゲージメント(信頼関係)を生み出し、結果としてリコール率向上や自費・物販への波及効果、さらには多職種からの優先的な患者紹介へと結びついていく。

最新エビデンスの全貌を体感するセミナーへ

歯科医療従事者向けに有益な学びを提供する「IOCiL」では、本コラムで紐解いた最新エビデンスの主著者である九州歯科大学の藤井航教授を特別講師として迎え、オンラインセミナーを開催する。

本セミナーでは、論文のテキストだけでは読み解けない最新研究の全貌が、藤井教授自らの言葉で余すことなく語られる。「本物の知見」を、ぜひ貴院の明日からの臨床と経営の武器にしていただきたい。

藤井航教授 特別オンラインセミナーバナー

オンラインセミナー開催概要

  • ■ セミナータイトル:
    『【最新研究から導く最適解】1年間で口腔機能低下症を半減させた全貌とは?
  • 「栄養 × 口腔 × ロコモ」統合介入へのロードマップ』
  • ■ 登壇者: 藤井 航 先生(九州歯科大学 歯学科 摂食嚥下リハビリテーション学分野 教授)
  • ■ 開催日時: 2026年8月20日(木)19:30~21:00(※アーカイブ配信あり)

この記事の関連記事

人気記事ランキング

「なぜ、一律の口腔機能管理では結果が出ないのか?」3つの最新研究から紐解く「生活支援型」歯科の最適解

「検査を行い、口腔機能低下症と診断はするものの、患者に目…

令和8年度診療報酬改定における施設基準「歯援診」の変更点を押さえよう!

歯科医院の地域貢献と経営の安定化、そして他院との差別化に…

AIは歯科の「新しいスタッフ」になれるのか?――国内最大規模のテクノロジー展が示したリアルな未来と、踏み出すべき第一歩

AIが、あらゆる業界の「あたりまえ」を書き換え始めて…

令和8年度診療報酬改定で新設! 「口腔機能実地指導料(口指導)」とは?

令和8年度診療報酬改定において、新たな点数項目「口腔機能…

「口管強」は改定でどう変わる?押さえるべき変更点

歯科医院の発展を力強くサポートする「口管強(口腔管理体制…

「歯初診」は改定でどう変わる?押さえるべき変更点

歯科医院の経営・運営においてベースとなる「歯初診(歯科点…

「口腔機能管理」診断と算定のギャップ

「口腔機能管理」診断と算定のギャップ 歯科医療は、う蝕…

医療法等改定|「オンライン診療」と「管理者要件」はどう変わる?中医協の最新議論を解説

令和8年4月1日から段階的に施行される医療法等改正に伴い…

利用率50% マイナ保険証の利用状況と令和8年度の動き(社会保障審議会医療保険部会資料より)

令和7年12月18日、「第208回社会保障審議会医療保険…

診療側vs支払側 意見書から読み解く

令和7年12月10日、中医協において診療側・支払側の…

人気記事ランキング